僕が書いた小説「ヴィシュヌ牛太郎の功績」について

  僕は以前小説家を目指していくつかの小説を書いたことがあって、その中で実際、本になったのが「しめ飾り」というやつ。でもボク的には本にはなっていないけど、もっと面白くてもっと中身が深いと思う小説がある。それがこの「ヴィシュヌ牛太郎の功績」という科学空想ファンタジー?小説である。

  「ヴィシュヌ牛太郎の功績」のストーリーはこんな感じ。
  第一章でいきなり、ネパールのポカラに住むヴィシュヌ牛太郎という野良牛が登場する。
  (この章は、ネパールの話なのに牛太郎なんて名前の牛がいて、しかも牛の視点から見た妙なファンタジーになってます。ちなみにヴィシュヌとはヒンズー教の神様の名前です。)
  牛太郎はある日散歩の途中に道草をモグモグと食べるのだけど、それは大麻つまりマリファナだった。(ちなみに実際ポカラでは道端に大麻がたくさん自生している)牛太郎は大麻を食べてフラフラと変な状態になる。親代わりでもある物知りのクリシュナ牛爺によるとそれは「人間の吸う酒」であるという。牛太郎はさらなる精神の変遷をもとめ「吸う酒」を吸うため人間に近づこうとする。やがてある男から火のついたガンジャのジョイントを差し出され、牛の立場でありながら、実際にその煙を吸う。そして、いい気持ちになる。その後はますますノリノリになり、牛太郎と男は原っぱで一緒に踊って満たされた精神状態になる。
  とまあここまでが第一章。

  第二章からは少し現実的な描写になって、第一章と関係なくはじまる。
  舞台は同じくネパールのポカラ。ジヴァンという超天才少年が登場する。ジヴァンは外人観光客が利用する小さなホテルで働いている。ジヴァンはカースト制の低い身分の洗濯屋の子供で、学校には行かせてもらえず、知り合いから本を借りたりしながら独学で勉強をしていた。そんなジヴァンの父親(文盲である)は「洗濯屋に学校の勉強なんか必要ない」と勉強しているのを見つかると逆に怒られたりする。
  しかし、ジヴァンは独学で勉強するうち星の輝きや雲の流れから宇宙物理学の理論を自らの頭脳だけで解き明かし、発見することができるようになる。それは驚くべきことに現代宇宙物理学で追求の頂点となっている「量子力学と相対性理論の統合」つまり宇宙の法則をひとつにまとめた「大統一理論」を創り上げたということであった。彼の理論感知能力はすべてを予測できるほどだった。しかし気弱な性格でもあった。
  そんなときジヴァンのホテルにトーマスとマギーというイギリス人のカップルがくる。トーマスは投資家。株で金をもうけている。ある日、トーマスが部屋でPCを使って株価をチェックしていると、たまたまジヴァンが訪れトーマスの持ち株が暴落することを予言する。トーマスは、「ホテルのボーイに何がわかるんだ」と、相手にしない。
  数日後トーマスは仕事の関係でイギリスに帰らなくてはいけなくなる。ジヴァンは「カトマンズに行ってはいけません。危険です」と告げるが、やはりトーマスは相手にしない。ところが、トーマスとマギーが飛行機に乗るためカトマンズに着くと、ネパール皇太子発狂による王室殺戮事件が起こり(これは実際にあった事件)空港閉鎖、戒厳令、軍隊の発砲などジヴァンの予言どおりのことが起こる。トーマスはジヴァンの不思議な能力を信じ、ポカラに戻ると、ジヴァンの予言力をビジネスに引き入れようとする。(もちろんこれは予言ではなくジヴァンの理論的思考から得られた答えであったのだが)
  「なあジヴァン。一緒に投資で儲けないか」とジヴァンを口説くトーマス。
  そんな中、トーマスは大学の友人のブライアンとポカラで偶然に会う。ブライアンは宇宙物理学の博士であり、ジヴァンの天才的な能力と宇宙物理学で最高の焦点である「大統一理論」の解明と発見を知り、彼を研究のため大学へ引き入れることを考える。
  ジヴァンをビジネスに引き入れたいトーマス。そして大学で研究をさせたいブライアン。旧友2人の間にうごめくそれぞれの思い。
  そして「ヴィシュヌ牛太郎」の再登場による展開の終結。
  さあさあジヴァンの運命やいかに?
  まあこんなところが大まかなストーリーの流れです。

  その他モチーフについて。
  この話の中身には、ネパールという地理的な特徴とその意味。つまりヒマラヤの周辺にはチベット・インドなどの聖地と聖人の出現が多く、それはヒマラヤという地球上で一番高い山々がそびえる地域には特別な重力分布による霊的なエネルギーが渦巻いているんではないかという考えが根底にあります。
  また、ネパールはインドコーカソイド系とチベットモンゴロイド系の混血地帯であるということも話の深いモチーフになってます。つまり混血は優れているんではないか。犬も猫も雑種の方が病気しない。そしてお釈迦さん、つまり仏陀も混血であった可能性についても。
  さらには「数字とは現実に存在するものなのか?」という疑問や、「生きて努力をする意味とは?」など哲学的な問題もストーリーの中に組みこまれてます。

  僕がこの小説を書いたのは、放浪中のカルカッタからスリランカまでのインド東海岸を南下しているときで、安宿を渡り歩きながら約一ヶ月で書き上げました。
  ストーリーのモチベーションはそれ以前からありました。
  ネパール・アンナプルナの山をトレッキングしたとき、大麻草だらけの河原で、どうやら大麻を食べてしまい目を真っ赤にした馬がストーン状態で立ちすくんでいるところを見て「牛太郎」のイメージが生まれました。その後ネパールではルンピニという仏陀の故郷で「混血のイメージ」が僕を刺激し、インドに降りてからは、カルカッタでネパール王室殺戮事件のニュースに驚きました。「一週間前までいたところでなんて大事件が!」しかし、これによりますますこの小説の骨組みに刺激ができました。

  ネパールの描写に関しては、現実と異なることもあるかもしれません。ネパールの人々は、牛の背中をタオルびんたなどするのか? カースト下層の洗濯屋の夫婦がインド系とチベット系なんてあるのか? とかどうでしょう?

  以上そんなお話です。
  以前はこれを文学賞に出したりしましたが、ぜんぜんダメでした。もういちどどこかの文学賞に出そうかと思ってみましたが、それよりたくさんの人に読んでもらうためにはこのサイトで発表した方が手っ取り早いかなとも思いました。
  自分の中ではかなり名作です。枚数は原稿用紙換算で250枚ほど。
  読みたい人はメール下さい。PDFファイルでお送りできます。

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