ニセ警察官に気をつけろ <その3> インドにて〈12〉

  今回は、僕がインドで出会ったニセ警官の話である。
  その時、僕がインドに入国したのは、ネパールからだった。普通外国人ツーリストとして、ネパールからインドへ入国するためのコースは二ヶ所の国境が通行許可されていて、当然僕もそのいずれかを通ってインドに入国しなければならないはずだった。だけど、結論から言うと、バスに乗り間違えて、僕はツーリストが通行しては行けない国境の町まで連れて行かれる羽目になった。原因はインドでの目的地「クーシナガル」(仏さんが亡くなった所)を「クリシュナナガル」と聞き間違えられて、そこ行きのバスに乗り込んじゃったというアホのような事情である。
  夜行バスから降りるとそこはネパールとインドの国境の町ではあったのだけれど、外国人の通行が許可されているところではなかった。間違いに気づいたが、外人通行OKの国境まではそこからバスで丸一日かかるというし、ああ面倒くさい。
  そんなわけで僕は国境検問所のおっさんに200ルピーの賄賂を渡して無事インド入国に成功したのだった。めでたしめでたし。
  にこやかで楽天的なネパールの人々と根本的に違う、表情の険しいインドの方々の群れに紛れて駅で「クーシナガル」行きの列車を待っていると、やってきました。変なおっさん。
  
 「わたしは警察だ。君は中国人か日本人か? いずれにしてもこの町の国境は外人は通れないはずだ。とすると、君には密入国の疑いがかかる。悪いが署まで来てもらおう」
  

  そうか密入国になるのか。やべえことになったなあ。はあい。と、やっぱり睡眠不足で頭の回ってない僕は、素直におっさんに従い後ろをついて歩き出した。
  でも、よく考えてみたら、おっさんは警察だというのにド汚い格好でサンダル履き、おまけに人相の悪いサリーを着たおばちゃん(ちなみにこのおばちゃんメチャええ身体してました)を引き連れている。婦人警官?でもなんか変やなあ。


  「あんた。本当に警察?」と僕は聞いてみた。
  「当たり前じゃないか」
  「そんじゃ。証明書見せて」
  「あああああ。あの。えと。それは署にあるので、後で見せる」
  「なに言うてんねん。IDカードぐらい持ってへんて、おかしいんちゃうんか? おまえニセ警官やろ!!」


  僕が絶叫すると、おっさんもでかい声を出しはじめた。僕とおっさんと、人相の悪いメチャええ身体のおばちゃんの3人が駅の雑踏で、大声を張り上げるもんやから、辺りは瞬く間に野次馬で埋め尽くされた。僕は、とっておきのでかい声で

  「こいつらニセ警官や! 俺をハメようとしとるう!!」

  と指差しながら民衆に訴えた。
  すると、ニセ警官


  「取り調べOK。行ってよし」


  と言って、あまりにも軽く引き下がりよった。なんちゅうトボケタ奴や。
  しかもそのニセ警官、その後も僕と同じホームで何事もなかったように、列車を待っていたから気持ちが悪い。そして乗り込む直前、人相の悪いメッチャええ身体のおばちゃんが、僕に近づいてきて何事か言った。


  「×…××∬×※×∝××…××」

 

  なんて言ったのだろう。ヒンディー語だったからさっぱりわからなかった。


  「上手く逃げおおせたようだね」
  「インドは悪い奴が多いから気をつけなよ」
  「今晩、ひまだったら、どう」
  「人民の人民による人民のためのミンミン餃子」

とか。


  その時なにを言ったかは、今でも謎なんだけれど、おばちゃんの整った顔立ちの中で地獄の入り口のように見えたお歯黒の口元だけがやたらと印象的だった。
  結局、おっさんとおばちゃんは僕と同じ列車にまで乗り込んできた。だけど不思議なことに、彼らは以後まったく普通の人と化してしまい、再び牙をむくことなく、どこかの駅でおとなしく降りていった。インド人ってよくわからん。


  まあ、そうした経験を踏まえ、僕は自分の意識でニセ警官を排除できる力を身につけたと確信したのだけれど。


  まだつづく