ニセ警察官に気をつけろ <その4> エクアドルにて〈13〉

  南米はアジアやヨーロッパに比べてメチャメチャ危険なところだと思った。
  僕はペルーとエクアドルしか行かなかったけれど、いずれの首都も夜になると強盗が現れるとかで、日が落ちると同時に猫の子一匹いなくなる。つまり、猫も強盗に遭いたくないというわけだ。
  もちろん危険なところと比較的そうでないところはあるものの、一般的には「日が暮れたら外に出るな」というのがある種の常識のようであった。


  僕は、狂犬病のワクチンの洗礼から立ち直った後、エクアドルの首都キトに数週間滞在し、毎日をサルサ教室でのダンスレッスンに費やしていた。夜は夜で、同じホテルのコロンビアからきたアクセサリー売りのにいちゃんねえちゃんたちと実践スペイン語講座を兼ねたお喋りなど交わし、それはそれで充実した日々であった。
  彼らコロンビア人たちによると「コロンビアは治安が悪くて、職もないから、エクアドルに来たんだ」とのたまう。でも、僕にしてみれば「コロンビアって一体どんな恐ろしいとこなんや」と思った。だって、彼らが安全とするエクアドルでも十分危ない目にあったもんやから。


  ある夜のことである。サルサ教室で熱心に踊りすぎて、夕食を食べに行く時間が少し遅くなった。普段なら、食堂には早めに出向いて、日が沈まないうちにホテルに戻るというパターンだったのだけれど、その日は違った。
  食堂を出るとすっかり夜だったのだ。なんかヤバイんちゃうんかなあ。
  早足で歩き、ビビンチョしそうな気持ちでホテルを目指した。街の繁華街を通れば安全かと思い、昼間は露店や大道芸人でにぎわう通りを目差したが、僕はそこで驚愕した。
  昼間あれだけ賑やかで喧騒にあふれた通りが、完全な無人の空間となり、アスファルトだけが無気味に光っている!
  すんげえ不安になって、足を速めると、通りの向こうに人影が現れた。
  二人組みだった。図体はでかいけれど、近くまで寄ると、それが頭の悪そうなティーンエイジャーだとわかった。
  僕は無視してすれ違おうとしたが、一人が「チーナ!(中国人)」と叫びながら襲い掛かってきた。僕とそいつは取っ組み合いになり、その隙を突いてもう一人が僕のポケットをまさぐろうとする、絶体絶命のシチュエーションとなった。
  僕は、半泣きになりながら(って、泣いてたかも知れません)必死のパッチで抵抗するのだが、しょせんは2対1である。やがて、足を引っ掛けられた僕は、冷たいアスファルトの上に叩きつけられた。
  もう、ほとんどヤケクソになっていた。それで、立ち上がりざま空手ポーズをとって


  あっちょおお~!!!

 

  とやってみた。ところが、これが効いた。
  暴漢二人組みは顔を見合わせると後ずさりをはじめたのだ。東洋人はすべてが超人的なファイターであるという古典的なニセ常識がまだまだここでは通じるのだ。
  「おぼえとけよ!」
  そんな棄てゼリフを吐いて二人は走って消えてしまった。
  助かった。
  しかし思いもかけず根性のない奴らだと思った。まあ、楽して金を得ようと、目論んでいるわけだから、ブルース・リーに立ち向かうリスクを犯す必要はないのだろうけど。
  僕は、そうした経験から「強盗は根性なしが多い。したがってなめられたらアカン」という方針を打ち出した。具体的には、遅くなりそうなときにはホテルに落ちていた角材の棒を護身用に所持することにしたのだ。
  さて、さっそく翌日のことである。僕は、夕暮れが近づくと角材を持って、食堂を目差した。予想通り、メシを食って外に出ると辺りは宵闇に包まれていた。
  スキがあったら、かかって来い! この棒でブチのめしたらあ!
  大阪が生んだ大スター岡八郎の勇姿を思い浮かべ、角材をぶんぶん振り回しながら、無人の町並みを僕は進んだ。根性なしの強盗野郎が来たって、きっと尻尾を巻いて逃げ出すだろうと。
  息巻いて歩いていると、視界の果てに二人の男が現れた。そらきた。しかし昨日のガキとは違って、今日は二人とも少しおっさんだ。
  「おまえは何をしている?」一人がスペイン語でそんなことを言った。
  問答無用じゃ。あっち行け。僕は角材をぶんぶん振り回すと、二人を威嚇した。すると一人がこんなことを言った。
  「おとなしくしろ! 俺たちは警察だ。これを見ろ」
  そう言って手帳みたいなものを出した。またもや出たかニセ警官め! その手は桑名の焼きハマグリじゃ。
  僕は、ますます問答無用モードになって激しく角材を振り回した。それでも二人は恐れをなすどころか、こっちのスキを伺うように体制を整えている。どうやらこいつら少しは根性があるようだ。そう思い、ホテル方面に向かって、僕は走り出した。すると二人はしっかりと僕を追いかけてくるではないか。再び立ち止まり、角材を振り回す僕。
  やばい雰囲気である。それでも僕はなめられたらアカンと、ちょっと空手っぽいポーズなどを巧みに取り入れながら、威嚇を続けたけれど、二人の形相は凄みをましてまったくヒルミを見せなかった。
  昨日の奴らとは何やら気合の入り方が違う。こら形勢的にめちゃヤバイ雰囲気やなあ。そう思った矢先である。通りの向こうから制服を来た本物のエクアドル警視庁(そんなんあるんですかあ?)の警官二人がやって来た。
  「ポリシア! ポリシア!」
  僕はホンモノ制服警官に向かって高らかと叫び声をあげた。何事かと気づいた警官はツカツカとこちらへ走りよってきた。ああ。助かった。
  ほっと胸をなでおろしたが、ニセ警察官二人はそれでも逃げようとせず、おまけに制服警官と話をしだした。ニセ警官と本物警官の4人はスペイン語で何やら話をすると、あろうことかホンモノの制服警官のほうが、「じゃ。そういうことで」みたいな乗りでその場をおごそかに立ち去ったのだ。
  一体どうなってるの?
  「バカタレが! 俺ら、警察やて言うてるやろ!」言われて呆然とした。


  ひええええ。ホンマもんの警官に角材振り回しとったの、俺?


  と言うわけで、スッカリ観念した僕は、角材を取り上げられ、手錠をかけられ署に連行されちゃった。とほほほほ。手錠をかけられた瞬間に一人の警官の鉄拳が僕の頭をこずいた。めちゃ痛かった。
  その後、幼稚なスペイン語で事情を話し無事釈放はされたけれど、まあみなさん気をつけましょう。世の中ニセ警官であふれてるわけではないのだから。って、当たり前やけど。
  と言うわけで、数回続きました。ニセ警官ネタ、最後は本物警察官だったという狼少年的オチを持って一巻の終わりです。やれやれ。