タイのサントリーレッドはちょっと違う〈29〉

  タイ南部のスラータニーという町に長期滞在していたことがある。
  そこはサムイ島やパンガン島行きの船が出る港町で、しかも瞑想教室がある寺院のスアンモウにも近くて、「ぶっ飛び系バックパッカー」と「癒し系バックパッカー」のどちらもが中継点として通り過ぎる町だ。だけどスラータニー自体には大した観光スポットもなくって、じっさい多くの外人旅行者は単に一泊だけすると次の目的地に旅立って行ってしまう。そんな、まあなんでもないタダの田舎町である。
  僕はそんな町に何ヶ月も滞在していた。そこには僕が好きな浅黒肌タイ美人がチラホラ見受けられたのでメチャ良い目の保養になったという理由があっし、飽きればすぐにパンガン島に渡って浮かれポンチのヒッピー生活に戻れることも気が楽だった。
  しかし僕がスラータニーに留まった一番の理由は、泊まっていたゲストハウスがなんだか居心地がよくって、オーナーやスタッフたちとファミリーな付き合いができたことに違いない。
  夜になれば、スタッフたちや他の客とビールを飲んでワイワイ騒ぐ日々だった。その日もいつものように9時過ぎぐらいに食堂に下りて驚いた。

  「ハッピバースデイ! タクロー!」とみんながいっせいに声をかけてくれたのだ!

  そう。その日は僕の35回目の誕生日だったのだ。自分で言った憶えは無かった。誰がどう調べたんだろう? パスポートを見せたことはあったからなあ。
  とにかく、テーブルの上には「Happy Barthday! Takuro」と描かれたケーキがあって、みんながイエーイエー!なんて言いながら拍手もしてくれた。
  メチャメチャ嬉しかった。
  異国の地で過ごす誕生日って、ほとんどの場合、一人で酒飲んで汚い部屋で壁のシミでも眺めながら、「一つ年とった」なんて呆然と考えて、寝るだけなのに、大勢の仲間がこんなふうに祝ってくれるなんて!
  僕とあまり年の変わらないゲストハウスのオーナーがニヤニヤしながら近づいてきてこう言った。
  「今日はお前の誕生日だ。そこで最高のプレゼントを手に入れたんだ」
  「ほんと! なに?」
  「これだ。みんなで飲もう。じゃ~じゃじゃ~ん!」
  と言って自慢げに取り出したのが、サントリーレッドの750mlボトルだった。なんとキレイな化粧箱に入っているではないか。なるほどサントリーレッドもタイでは化粧箱入りの高級酒なのだ。そしてオーナーはこう続ける。

  「これはいくらたくさん飲んでも次の朝、頭が痛くならない酒なのだ」

  そうなのか。タイではレッドは頭が痛くならない酒なのか。
  確かにタイではメコンという国民的ウイスキーがあるけど、そいつは飲みすぎると次の日はキリキリと頭が痛むほど濃厚なやつなのだ。そんなわけで、サントリーレッドごときはタイ人にとって純粋で清涼な味わいなのかな。
  いずれにしてもその日僕は、感謝の意をこめてサントリーレッドを何度も一気した。
  「ああ。明日きっと頭痛くなるよなあ」とモウロウな意識が揺らめく中、やがて深い眠りに吸い込まれていった。
  翌朝、目覚めて驚いた。あれだけ飲んだのに頭痛はぜんぜんなくって、むしろ爽快な何かが漂うような精神なのだ。サントリーレッドをあれだけイッキしたのに。
  タイでの長い滞在の中、メコンウイスキーを飲む機会が多かったので、鍛えられたかな? それともタイのサントリーレッドは本当に頭痛をおこさない配合成分なのか? 色々考えた。
  でも確実にいえることは、異国の地なのにみんなが僕の誕生日を祝ってくれた幸せさが僕自身の免疫機能を高めた可能性があると言うことだ。