南インドの「わっちゃぁね~む?」〈33〉

   インドは元イギリスの植民地だけあって、英語はよく通じる国である。お隣のバングラディシュなんかに比べるとそれは素晴らしいくらい英語ペラペラの人が多い。
  しかし、前にも書いたように同じインドでも北と南は少し違っている。やっぱり南インドの方が英語を上手く喋る人が多いような気がする。
  南インドでは、ホテルやレストランで働く大人は当然問題なく英語が通じるのだけど、子供もわりと英語を話す。
  そんなタミールあたりのバスのターミナルでリックサックを抱えて座っていると、地元の子供から英語の質問を受けることがある。勉強のつもりだろう。でも、その質問の中でダントツ一番多いのが

  「What is your name?」

  というやつである。
  僕らも子供の頃、憶え立ての「わっちゃぁね~む?」を面白半分で外人に話し掛けたことがあるけれど、南インドではそのノリがケッコウ濃いようなのだ。
  道端やバス停でも隣に小学生らしき子供がいあわせると90%の確率で「わっちゃぁね~む?」と聞かれる。そして「はい。うえさかたくろうと申します」と答えなければいけない。でも、それはまだ和やかである。
  もし、下校帰りの小学生の群れに遭遇したらもう大変である。20人ぐらいいる小学生のすべてが僕に対して

  「わっちゃぁね~む?」「わっちゃぁね~む?」「わっちゃぁね~む?」「わっちゃぁね~む?」「わっちゃぁね~む?」「わっちゃぁね~む?」「わっちゃぁね~む?」

  と、一人一人が時間差で質問を投げかけてくるのだ。しょーがないので、一人一人に「えと、うえさかです」とか「うえさかたくろうです」とか「うえさか」「あ~。うえさかです」「ああ。はい。うえさか」「うえさかでんがな」と答え続けにゃならんので、それはケッコウくたくたになる。
  そんなわけで南インド辺りでは小学生の集団を前方に見かけたら、回り右をして逃げ去るのが得策だと思います。

  さて、そんな南インドあたりでも僕は美味しいビールを飲む為よくジョギングをしていた。
  インド最南端のコモリン岬あたりに泊まっていたある時、海岸沿い近くの道をヘコヘコと走っていたところ、やがて小さな町に差し掛かり小学校らしき建物から下校時間なのか多くの小学生がバラバラと出てきた。
  普段なら逃げ出すところだけど、そのときはランナーズハイも手伝って、「逆にこっちから質問してやれ!」という気分になった。
  それで、道行く彼らに一人一人に走りながら「わっちゃぁね~む!」「わっちゃぁね~む!」「わっちゃぁね~む!」「わっちゃぁね~む!」と叫んでみた!
  すると驚いたことに、そのすべてが僕に問いかけられた瞬間、小学生たちは恐るべき反応の早さでそれぞれが

  「バンガローラ・セン!」
  「アマルティー・シサッダ!」
  「ビハーラ・ジャグテ!」
  「ムベイヤ・スカラー!」
  「スカンラヤ・アローナ」

  フルネームで即座にしっかりと答えてくれるのだ!

  走りながらケッコウ笑ってしまいました。
  さすが人を「わっちゃぁね~む?攻め」にするだけあって、他から質問された時に抜かりがないのは、素晴らしいと思いました。
  しかし、南インドでの子供達からの英語の質問は「わっちゃぁね~む?」がすべてほとんどだったので、こんな子らが大きくなってホテルで働いてきちんとした英語を喋れるんかいなと疑問にも思いました。
  まあ、それよりも外人とコミュニケーションすることがベースとして大事なんでしょうか。日本人は英語の知識はあっても物怖じして話せない人が多いそうですから。

     (注:文中のインド人名はそれらしいデタラメです)