少数民族の村で三国同盟と連合国に別れてアヘンを吸った話〈47〉

  タイで「少数民族の村を巡るトレッキングツアー」というのに参加したことがある。それは、チェンマイを基点として二泊三日をかけてゴールデントライアングルの山岳少数民族の村をたずねて歩くと言うものだ。
  タイ人のガイドの他、参加者はドイツ人男2人、フランス人女3人、イタリア人家族3人、アメリカ人カップル2人、そして日本人は僕と若いカップル合わせて3人。総勢15人がゾロゾロと連なりながら、タイ北部の山岳地帯をトレッキングし、夜は少数民族の村で泊まり少数民族と同じ夕食を食べながら、タイの自然と異国の辺境の文化に親しんだのだった。
  「ディープアジアの超山奥の見慣れぬ景色と異色な人々と食事!」なんともエキゾチックな刺激にあふれたツアーだったけど、実は僕にとって最も印象的だったのは、山岳民族でも食べ物でもなかった。

  参加者のヨーロッパ人、アメリカ人、日本人のそれぞれ民族気質の違いを観察していてメチャ面白かったのだ!

  トレッキングは、タイ人のガイドであるポンさんが先頭に立って歩き、その後に列になってみんなが追従していく。
  見れば日本人の僕たちとドイツ人のニーチャン2人は、ガイドの後ろをピッタリとマークして数メートルも離れることなく実に忠実に追従して歩いていく。「先生の後を遅れちゃイカン!」と。何やら堅実なゲルマン魂と日本人の奥ゆかしい民度が同じ波長を発しているもんだなあと思った。その後少し遅れてイタリア人の親子3人がややスローペースだがシッカリと続く。こちらもラテン系ながら階級意識のハッキリしている国らしい。
  ところがアメリカ人やフランス人と来たら。これが違う! いつしか後方彼方に見えなくなったと思ったら、いつまでたっても姿が見えない!
  ガイドのポンさんが心配して、「アメリカとフランスの人、道に迷っちゃったかなぁ。少し休憩して、待ちましょう」と、僕たちが佇んでいると、数十分してアメリカ人とフランス人が何の悪気もなさそうにノロノロと現れて、「花の写真を撮っていた」とか「川に足を浸かって遊んだ」なんて言っている。
  「おまえらアホか。先生は心配してるねんぞ! ちゃんと後を付いてこんかい!!」てな表情で、もうドイツ人のニーチャン2人はイライラしている。流石にマイペースの僕だって「団体行動しとんねんから空気読めよなあ」なんて思うし、イタリア人の親子は無言で奔放さに対する不満をその表情にあらわにしていた。
  そんな雰囲気を感じたアメリカ人カップルとフランス人女3人は「なによ。これはホリデイなのよ。急いで何があるって言うの!」なんて、これまた無言の抗議をその彫りの深い顔に滲ませている。そしてガイドのポンさんは、外交の上手いタイ人らしく、平等に当り障りのない笑顔で植民地にならないよう最大の配慮を図っているかのようだ。

  かくしてここに穏やかなトレッキングツアーは、ドイツ、日本、イタリアの三国同盟とアメリカ、フランスの連合国に分かれ、中立国のタイが気を使うという、きわめて戦時中的な険悪なムードをかもしはじめたのだった!

  そもそもどうしてドイツ、日本、イタリアが第二次大戦で同盟国を結んだのか不思議に思っていたのだけど、ここにその謎がなんとなく解けたような気がした。
  国としての利害関係が同調したこともあるのだろうけど、この三国はそもそも気質的に似ている所があったんだなあと。まあそれは、保守的で階級社会で仕事に対する生真面目さとでも言うか。イタリア人って、やりたくない仕事は超エエ加減だけど、料理にしても、車にしても、芸術にしても、自転車レースの戦術にしても、とても緻密でマジメなところがあるからなあ。そして目上の言うことは絶対だし。

  先の戦争で、三国同盟を結んだ理由の一つが明確になったような。

  それはとても興味深い状況だったのだけど、ことは穏便でない。僕はドイツ人ニーチャン2人といつも一緒にいたのだけど、「あのフランス女ったら、脇が臭いし、話もつまらねえ」なんて悪口も言ったり、どうも良くないなあ。なんて思ってたら、鬱蒼とした秘境の村みたいなとこに今夜は泊まるということになった。

  アジアの山岳民族の文化や風習に対して興味がないみたいなことを書いたけど、実は一つだけとても興味深いことがその夜あった。
  夕食が終わってしばらく後のこと、ガイドのポンさんが言う。

  「みなさん。ご存知だと思いますが、この村では古くからアヘンを吸う風習があります。アヘンというと麻薬のイメージが強いですが、この村ではそれが人々の生活に深く浸透しています。もちろん、ここは麻薬中毒の村ではありません。大人は夜の晩酌としてお酒の代わりに軽いアヘンを吸ってリラックスします。子供でも腹痛や歯痛があったらアヘンを水に溶かして薬として服用します。それは生活に密着したものなのです。アヘンは精製するとモルヒネやヘロインといった強力な麻薬になりますが、ケシから取れたばかりの生アヘンは薬物としてはアルコールとなんら変わりのないナチュラルなものなのです。もちろん乱用すれば良くありません。でもそれはアルコールと同じことですね。この村ではあなた達が夜にウイスキーを飲むようにアヘンを吸うのです。もちろんタイ国内ではアヘンは違法なものです。しかし、長く古い風習があるためここでは当局もそれを黙認しております。今夜、このトレッキングツアーで少数民族の文化を体験する一つとして、みなさんにアヘンを吸う機会を設けました。もしご興味があれば隣の部屋でご用意しております。どうぞアジアの文化の一つを確認してください」

  その後、イタリア人の親子3人(子供は小学生ぐらい)以外、の皆がアヘンを吸った。僕も吸った。
  隣の怪しい小さな部屋で、僕たちはゴロンと横に寝そべり、オッサンがパイプにシコシコとアヘン樹脂を詰めてサーバントのように吸わせてくれるのだ。
  感想を言うと、確かに麻薬というようなもんじゃない。お酒に酔った感じとは少し違うけど体中がリラックスして気持ちよく溶けていくような。
  全員がアヘンでリラックスすると、そこにはもうフランス人とか、ドイツ人とか、連合国とか、枢軸国とかそんな垣根は何もなかった。
  大した会話もないのだけど、強硬だったドイツのニーチャンも、理屈っぽいフランスのネーチャンもただトロケタ笑顔でお互いを確認して柔らかい空気が流れた。
  だれかが「もう寝る」と言ったらみんながいっせいに寝床に消えた。
  次の朝の雰囲気は良かった。皆が昨日の対戦モードとは違った中で最終日のトレッキングを楽しんだ。象に乗るセクション。イカダに乗るセクション。前日からは信じられないぐらい、みんな仲良くしていた。戦争はもう終わったことなんだなあ。
  それにしてもアヘンの原産地と宗教の発祥地が近いって本当なのかなあ、なんて考えていた。遠く前方の山の切れ間に小さな町の影が見えた。